同人センサス技法 1/2

論文名
同人センサス技法
筆 者
東村光 秋葉原大学萌学部准教授
Title
Coterie census
Auther
Hikari Higashimura Associate Professor. /The University of Akihabara
副 題
同人形態の客観的分類方法の提示
Subtitle
 
初 出
萌集C74号 2-11項 2008年8月17日 コミックマーケット74新刊
Source
Journal of MOE archtechture No.C74 pp.2-11. AUG 17/ 2008 ComicMarkets 74

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目 次

T.同人センサスの提案

U.同人センサスの導入

V.サークル等分類関係

W 同人センサスの効果

 


T 同人センサスの提案

1 緒言

 石ノ森章太郎らによる我が国初の本格的サブカルチャー同人サークル「東日本漫画研究会」から 50 年余りが経過し、コミックマーケットの拡大化を初め「とらのあな」などの同人専売業などの新しいビジネスモデルを成立させるに至った同人活動は、最早現在のサブカルチャーを語る上で欠かすことの出来ない重要な一領域を占めている。特に 1980 年代中盤から加速した同人サークルの活発な活動の結果、本来は趣味活動に過ぎなかった同人の地位は大きく向上し、またその向上と歩調を合わせる形で、同人圏そのものも大きく拡大するに至った。

 同人圏の拡大による影響として、大まかに三点を指摘することが出来る。第一は同人イベントの多様化と拡大傾向の促進であり、第二にとらやメロンに代表される同人界の産業化であり、第三はサークルにおける経済的規模の拡大である。特にこの第三の点として指摘する同人活動の経済的拡大は、本来は趣味活動に過ぎなかった同人活動のセミプロ化を促進し、「プロ同人」と呼ばれる同人活動による収入だけで生活を行うことが出来るサークルを誕生させる大きな原動力となった。

 同人活動そのものとしても、 2005 年の萌えブーム以後サブカルチャーとしてのヲタ文化(萌え文化)に対する社会的関心が急激に上昇する中で、多くのサークルが同人活動に参入するという状態が現在でも続いている。特にパソコンの日常品化及び DTP 技術の確立とプリンターの普及は、誰でも手軽に同人誌を発行することが出来る状態を産みだし、同人活動を行うにあたっての敷居をさらに広げることとなった。しかし同人活動の拡大は、逆に同人という概念の全貌をぼやけたつかみ所のない概念へと変化させてしまうものでもあった。同人という概念について曖昧な理解は可能ではあるが、その多様化した活動形態を一つのフレーズで的確に説明しうることは困難となり、その不透明性は民間人層[01]を中心とする第三者に対する偏見や誤解の温床ともなってしまっている。そこで、筆者はこの拡大した同人に対応する調査手法が必要であると考え、その具体的なあり方の一形態として、「同人センサス [02]」の実施並びに行うにあたり必要となるであろう同人活動の諸形態についての提案を行うものである。

 

 

2 同人センサス実施の意義

 同人活動についての概要は広く知られるようになったが、活動全体を包括する一つの社会集団として同人を捉える場合、同人活動に参画する者であったとしても、その実態を把握することは非常に難しい。同人活動においてコミックマーケットの存在は非常に大きなものであり、また同人全体に対する影響力も極めて大きいものではあるが、コミックマーケットについて理解を深めるだけでは小規模なオンリーなどについてフォローし得ない。また殆どが趣味として活動を行っている以上、全体をとりまとめる組織も存在せず、概要についての統計資料なども散逸してしまっているのが現状である。

 同人の実態について、細かな点も含めて見る為には、まず客観的な類型もしくは指標が必要であり、次に曖昧な概念を共有することで理解されている同人活動における諸様式について、厳密かつ納得を共有しうる定義を行うことが必要である。その為、我が国で広く実施されている「農業センサス」の手法を範とする「同人センサス」のあり方を提示する。

 この同人センサスは、類型分類を客観的な数値化できる指標を元に行い、同人界の構造を主観を排して把握することに主眼を置いている。

 

 

U 同人センサスの導入

1 同人活動とは何か?

 本稿においては同人活動とは、同人頒布物[03]の作成を通じた表現活動として捉えている。これをより厳格に定義を行うと、頒布を目的とした表現物の作製及び頒布活動を指す。この定義に従う限り、コスプレやウェブ上のみの活動は、ファン活動ではあるが同人活動とは見なされない。 コミックマーケット準備会は、コスプレについても表現活動の一環であるとし、今後もコミケットの場に受け入れていく方針を明らか [04]にしている。同人活動を単なる表現活動として捉えるのであれば、パフォーマンス活動であっても同人の範疇に含まれて然るべきであろう。しかしコスプレはあくまでも表現活動であり、本稿では同人活動とは有形で残せるものを、イベント参加者に頒布する同人活動について議論を行い、同人活動とコスプレは同一の存在ではなく、極めて近い位置にあり密接な関わりを持つが別の概念として整理する。本稿の主題は、同人サークルにおける規模についての検討である。そのため、同人活動は創作活動 [05]を伴う同人活動に限定した議論を行う。

 

2 同人作家の要件

 同人活動への参入にあたって、資格や身分に拠る障壁は存在しない。その意欲があれば誰にでも出来るものである。ここでは趣味における頒布を目的とする創作活動を行うことで、同人活動を行っていると定義する。一方で、同人作家とは誰でもなれるものではない。同人活動を行い、かつ一定の要件を満たすことにより同人作家として認められるのである。

 同人作家を捉える為には、その活動の規範となる同人サークルについて、定義付けることが必要となる。これは、同人活動がの単位としてサークルが認知されているという同人界の慣習を反映するものであり、個人サークルという様式の確立により、個人=サークルという捉え方も容易に為される現状を踏まえると、同人サークルについての定義付けを通じて同人作家の立ち位置もまた明らかに出来ると考えられるのである。

 

3 農業と同人業の類似性

 農林水産省は、我が国における農業の統計を取る際に、その農家の規模に応じた様々な言葉や概念の定義を行っている。筆者は農林水産省による区分にヒントを得て、同人活動を考える上での区分の基準として、農業における各種区分に類似したものを指標として提案する。

 本格的な議論の前段として、なぜ農業における区分を援用するのかという点についての議論を行う。第一の理由として農業と同人の間には多くの類似性を認めうるからである。現在日本における農業のあり方は兼業農家を中心とし、構成されている。兼業農家とは、農業以外の主収入が存在する農家である。ではそもそも農家とは何かという点について考えると、農業を営む世帯と定義されている。我が国における農業の捉え方は、あくまでも世帯を中心に置くものであり、さらに構造として副業 [06]として農業を営む世帯によって構成されているのである。ここから、主とする生業を持ちながら、一方で農業に従事する層が我が国の農業の中心にいることが読み取れるだろう。これは就職・就学しながら趣味として同人活動に従事するものが大半である我が国の同人界の構造と類似している。逆に考えると、農業のみで世帯を養っていけるだけの収入を確保している農家が少ないのと同様に、同人活動における収入のみで生活を行っていけるサークルがごく少数であるということは、一つの業界における収入構造が類似している事例として捉えることが出来るのである。

 次に農業が法人ではなく家族を単位とする点における類似の指摘を行う。我が国では農業における組織化は、農協などの互助組織においての進展は認められたが、労働力の集約という意味では諸外国に見られるような大規模農場の乱立などに至らず、現在まで家族経営を基本としている。あくまでも農業は自営業の範囲を逸脱しないものであり、大資本の監督下における労働力の提供と引き替えに賃金の提供を受けるという構造は、一般化していない。これは戦後日本の農業政策において、小作人を作らないことを主眼においた諸策が実施された為であるが、この結果生じた構造は、同人サークルのあり方と極めて近いものとなっている。

 コミックマーケットを初めとする各種イベントにおいて、法人による同人活動は認められていない。コミケットにおいては西館の4階を企業ブースとして営利企業のプロモーションの場として提供されている。企業ブースでは、あくまでも営利活動が展開されており、同人活動を行っている訳ではない。同人活動は個人もしくは個人の連合体としてのサークルによってのみ行われる [07]ものなのである。この同人活動は個人の活動に立脚するという基本方針は、現在に至るまで破られていない。その結果、我が国の同人活動は、個人の力に拠る [08]ところが非常に大きくなっているのである。この個人が、その業界を構成する中心に位置している点に、農業と同人の構造的類似性を認めることが出来るのである。また販売(頒布)形態も類似したものであり、農家は生産した作物を直接自分自身でもって販路の開拓を行うという事例は多くない。同人活動においても、販路であるイベントそのものを同人作家が主宰する事例は少なく、農協や各市場、小売店が果たしているのと同様の役割をイベントや同人専売店は担っているのである。

 同人活動と農業の最大の類似点は、その生産が自分自身の手に拠るという家内制手工業としての面が極めて近い点である。機械が進んだ農業と同様に同人活動に置いてもオフセット印刷化が進み、コピー本に代表される完全に自作による同人誌が総てという状態では決して無く、この点を指して同人における家内制手工業的側面の否定の根拠とする余地はある。しかし本質的な意味において同人誌を作るという行為は、個人の着想を個人の労働力を持って具体的に設計することであり、具体化した冊子の印刷工程において近代工場制機械工業が導入されたとしても、同人における家内制手工業としての側面を総て否定することが出来ない。

 農業も同人活動も、基本的には具体的な活動は総て自前で行う必要がある。農業においては、農家という一つの世帯がそのまま生産の単位として捉えられ、また実際に主要な労働力は世帯の内部において賄われている。コミックマーケット などの同人イベントにおいても、主たるスタッフは自主的に集まったボランティア によって構成されており、自前で集まったスタッフが自前で行った結果としてイベントが成立している。個人では難しい分野として製本や会場の問題などもあり、企業との共同によりイベントが開かれるに至っているが、中核となる主催組織は、非営利という立ち位置で運営されるべきであろう。

 創作活動に当たっては、製本を除く総ての行程は個人の労働力の範囲内にて進められる。またその為の資材についても、基本的には個人で利用しうる範囲のものが用いられる。これは明らかに家内制手工業として、創作活動が行われていると捉えられる。農業においても家族経営の範囲を超える大規模農業は、我が国では主流ではない。あくまでも家内制手工業の範囲内に止まる一家総出による農作業が中心に存在する実情は、同人における創作活動と農業における生産活動が家内制手工業という形態を共にと類似した存在であることを示唆しているのである。

 このように同人と農業の間には、生み出されるものの差こそ存在するが、その本質的構造においては類似する要素が多く見いだされるのである。同人活動について構造的議論のテンプレートは、未だに確立を見ないものであるが、農業については既に様々な分析に用いうるテンプレートが確立している。筆者は農業センサスのコンセプトから大きな示唆を受け、既に確立を見ている各種分析ツールの援用によって構造的類似の見られる同人活動について定義付けを行い、同人活動の実態についての理解を促進する為のツールについて提案を行うと同時に、同人センサスのあり方についての見解を示すことを目的に本稿を執筆している。既存の類似した概念を用いることで、より平易な理解を得ることを狙いとし、さらに様々な見解が交錯する同人研究の分野における客観的な指標として、既に農業センサスの分野にて導入されている手法を元にしたものを同人センサスの為の具体的指標として提示するものである。

 

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  1. 非ヲタク層
  2. 同人全体を対象とする包括的調査
  3. CD やグッズなども含む。冊子の形態に限定するものではない。
  4. 2008 年 7 月 拡大集会における質疑応答
  5. 二次創作を含む
  6. 副業的農家及び準主業農家を合わせると、販売農家数の約8割を占める( 2008 年2月現在)   平成 20 年農業構造動態調査(農林水産省)の結果に基づく
  7. TYPE-MOON は営利企業であり、コミケットにて同人活動を行うことが出来ない。しかし個人のサークルである竹箒では同人活動を自由に行うことを妨げられない。
  8. そもそも同人とは同好の士の集まりであり、これは当然の帰結の結果である。