背景無き初音ミク 3/4

論文名
背景無き初音ミク
筆 者
東村光 秋葉原大学萌学部准教授
Title
Process of Moe Charactor establishment from "HATUNE MIKU"
Auther
Hikari Higashimura Associate Professor. /The University of Akihabara
初 出
萌例タイムズC73号 9-21項 2007年12月31日 コミックマーケット73新刊
Source
Journal of MOE archtechture No.C73 pp.9-21. DEC 31/ 2007 ComicMarkets 73

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V. 初音ミクのキャラクター形成


V 初音ミクのキャラクター形成

1 キャラクター形成の違い

 評論家の東浩紀は「作品世界を形作る物語や設定が、すべて、でじこのデザインが単独で支持を集めたあと、市場の期待に応える形で集団的かつ匿名的に作られてきた」と指摘 [01]している。しかしでじこが初音ミクと大きく異なる点として、集団的且つ匿名的に作られた作品世界が、アニメなどを通じて公式の設定として採用された点にある。その為、デ・ジ・キャラットにおいては作品世界の確立後に制作された同人誌は、この公式設定を元にした世界を展開していると推測 [02]される。一方で初音ミクについては、イラストのデザインを行った KEI による漫画が 2007 年 11 月から月刊コミックラッシュにて連載されているが、その表題は「メーカー非公式 初音みっくす」であり、ここで展開される世界観(作品世界)は初音ミクに存在する背景を拘束するものではない。つまり初音ミクの制作にオフィシャルに関わった作者による世界観ですら、二次創作の域を脱し得ない徹底的な作品世界の隠蔽が為されているのである。

 しかし同時にクリプトン社は柔軟な姿勢を見せており、初音ミクのデフォルメキャラクターとしてファンにより創作された「はちゅねミク」については公認 [03]を行った。この「はちゅねミク」そのものは、鶴屋さん [04]のデフォルメキャラクターである「ちゅるやさん [05]」からのインスパイヤ [06]を受けて成立したキャラクターであると推測される。「はちゅねミク」は二次創作活動の一環として単に広く知られていただけに過ぎない。二次創作の存在を原作者(クリプトン社)が公式に認知することで、初音ミクという得体の知れない存在の外郭は緩やかに構築されつつある。しかしその外郭はあくまでもファン活動の中で形成されてきたものであり、原作者の意図との合致については推し量る術はないのである。

 初音ミクについてのあらゆる可能性を肯定的 [07]に捉えながらも、確立しつつある路線と対立する将来への可能性を担保するクリプトンの判断は、初音ミクに対する萌えの広がりを保障するものである。既に指摘したように、クリプトンは明確に VOCALOID というソフトウェアではなく、アイドル歌手の初音ミク [08]というキャラクターを市場に提供している。その商品価値は、ソフトウェアの性能のみならず初音ミクというキャラクターそのものにも大きく依存しており、初音ミクの将来のあり方は完全にユーザーに託されている [09]。そしてユーザーからの返答をある程度肯定する事で、さらに市場を盛り上げている。しかしクリプトン社は、原作者の強みをかざし初音ミクのあり方に積極的な介入を行うことには慎重である。デ・ジ・キャラットは、東の指摘するように「市場の期待に応え」形成された。しかし初音ミクを形成するものは市場の期待ではなく、ヲタクが自発的に提示され、多くの支持を集めた共通認識の積み重ねであるのだ。

 これと類似する事例として、アイドルマスターにおける天海春香の性格設定について言及したい。天海春香はニコニコ動画を中心とするコミュニティにおいて閣下という愛称で呼ばれるキャラクターを確立させている。この“黒春香”と呼ばれるキャラクター像は GUNP の二次創作作品において強調 [10]されたものであるが、その後発売されたドラマCDにおいて“黒春香描写”が登場し、この設定が公式採用された。デ・ジ・キャラットと同様の展開であるが、でじこの場合は、設定はあくまでも原作者側の発表が先行した。しかしアイマスの場合は、二次創作が先行し原作が後追いの形で取り込むという点が大きく異なる。なお、このような構図は、機動戦士ガンダムにおけるミノフスキー粒子の理論説明が当時の同人誌により提唱された内容を公式採用することで確立した事例が存在し、天海春香が初めてではない。

 

2 葱と初音ミク

 初音ミクが描写されるとき、オプションとして長葱が用いられることが非常に多い。それは間違いなく「 levan Polkka [11]」の影響によるものである。初音ミクを用いた動画の中で始めに大規模なヒットを遂げたこの作品は、初音ミクと葱を結びつけたばかりではなく、初音ミクというキャラクターそのものの第一印象を大きく左右したと言えるだろう。

 ここで初音ミクのブームに至るまでのプロセスについてもう一度考え直したい。 8 月 31 日に発売された初音ミクは、 DTM [12]という極めてニッチな市場を対象とした製品であったが、事前に公開されたデモ曲や、明確に萌え市場を志向した製品コンセプトが話題に登り、大きな着目を集めていた。ここで特筆すべき点として、発売後のニコニコ動画によるムーブメントの到来後に初音ミクはヒットとなったのではなく、既に発売前にその兆候があったことが指摘できるだろう。初音ミクは発売から一週間あまりでアマゾンを初め一般小売店でも品薄 [13]の状態に陥り、ニコニコ動画では揶揄を込めた「初音ミク来た?来ない?」シリーズが展開された。発売から 1 週間をたたない間に初音ミクの作品は次々とニコニコ動画上にて公開され、広く受け入れられていった。前述の「 levan Polkka 」は 9 月 4 日に投稿された。広い認知を得ていたロイツマが極めて高いクオリティで再現されたことから、大きな人気を集めた。また既にニコニコ動画で「 true my heart [14]」がヒットしていた音楽集団「 ave;new [15]」自身の手により、初音ミクバージョンが公開された。

 この後、初音ミクのカバー曲が大量に発表され、ニコニコ動画における地位が確立された。そして 10 月頃から次第にオリジナル曲への比重が高まり、現在に至っている。またオリジナル曲の台頭にあわせ、3Dアニメーションも多く見られるようになった。この中には、本業の3Dストラクチュアクリエイターが多く含まれていると推測されている。

 また2007年 9 月 18 日に放送された「アッコにおまかせ」( TBS 系)における、非常に偏った取り上げられ方がネット上で大きな反発を招き、ニコニコ動画ユーザー以外にも大きく知られる契機となった。このアッコ騒動から続く初音ミクの消失事件により、初音ミクは広く認知を得ることとなり、 11 月4日には、早くもオンリーイベントが開催されるに至った。

 この流れの中で、初音ミクというキャラクターに対する共有概念が、ネットユーザーの暗黙の了解という形で形成されていったことは、非常に珍しい現象であると言える。前出の通りエココもまたネットや同人作品などの“ヲタクの見解”の積み重ねの中で形成されていったが、初音ミクは立て続けに話題となる大きな流れがあったことから、極めて短い時間の中でその形成が為されていった。

 その形成に寄与したのが、人気のあるコンテンツとしての一作品の影響力である。特に「 levan Polkka 」のインパクトは大きく、初音ミクに「アホの子」と「葱」のイメージを結びつける結果となったが、この両者はいずれも本来は初音ミク( VOCALOID )についてのイメージではなく、「 levan Polkka 」という曲に付随するイメージが、初音ミクのキャラクターに転嫁されていったのである。多くの人にとって、初音ミクとの初めの接点が「 levan Polkka 」であり、そのあまりの印象の大きさが、ロイツマの象徴であった葱を初音ミクと直結させてしまったのである。この現象は「 levan Polkka 」を制作したOtomania氏やクリプトン社の意図する点とは無関係に、初音ミク作品を楽しむユーザーと後発の作品における「 levan Polkka 」のイメージの継承という形で形成されていった。

 事前のイメージが与えられない初音ミクというキャラクターそのものに、一作品の印象が投影されてしまった現象は、初音ミクに初めて接するヲタクが、そのイメージを一作品を視聴するだけで構築してしまったために起こったと考えられる。これは大きな着目を集めた作品のリリースによりジャンル(萌派閥)が形成されたのと同様の現象であるだろう。

 

3 初音ミクの多面性

 「恋する VOC@LOID [16]」以来、初音ミクによるオリジナル曲が多数発表されている。特に多くの支持を集めた曲として、「みくみくにしてあげる♪ [17]」はカラオケ [18]に入る事が決定し、初音ミクの人気の高さを伺わせる。これらのオリジナル曲は、その殆どが初音ミクという歌手を前提として作成された曲であり、その歌詞も初音ミクという存在を強く意識した表現が多く認められる。これらの作品の歌詞中には「葱」が頻出しており、「 levan Polkka 」の影響力が根強いことが実感させられる。

 これらのオリジナル曲を通じて表現される初音ミクのイメージは、一曲単位で異なるものであり、それが同一作者の手によるものであってもイメージの継承は為されるとは限らないのである。しかし具体的な描写が異なりつつも、オリジナル曲の歌詞は、初音ミクをイメージするものとして受け入れられている。これは初音ミクというキャラクターへの解釈余地が幅広いからこそ成り立つものであろう。初音ミクの一人称は“ボク”と“私”が入り乱れている [19]が、その両者に統一の動きがないことは、初音ミクの一人称として、どちらを採っても違和感がないからである。

 クリプトン社は「ユーザー 1 人 1 人が声の印象からイメージをふくらませてもらいたかった [20]」として、初音ミクに対する設定を殆ど行わなかったが、その結果として初音ミクというキャラクターの解釈が、極めて広く行われる現状に至ったのである。そして声の印象を具体的に感じさせる媒体として、多様な初音ミクオリジナルソングは、緩やかに初音ミクという存在を形容していったのである。

 なお、初音ミクを利用したクリエイターはプロデューサー( P )と呼ばれる慣習が定着しているが、これは初音ミク以前のニコニコ動画の主流の一つであったアイドルマスター M@D 作者の流れを組むものである。初音ミクとアイドルマスター M@D の関連については、機会を改め検討する必要があるだろう。

 

4 初音ミクの消失(オリジナル曲)

 2007 年 11 月に発表された「初音ミクの消失 [21]」は、これらのオリジナル楽曲の中でも特徴のある曲であろう。第一には、音声シンセサイザーの特徴を生かした人間には歌いきることが難しい歌詞 [22]が付けられ、またその歌詞においては、初音ミクのボーカロイド [23]としての限界が描かれた。この「初音ミクの消失」では、初音ミクという存在の本質をシリアスな視点から捉えている。初音ミクの描写は“アホの子”を初めとする明るいキャラクターとしてのものが主流を占めている。しかし「初音ミクの消失」は、主流と異なるシリアスな曲風 [24]ながら、そこに違和感は存在しない [25]。それは初音ミクにシリアスな側面を与えることが、妄想による可能性の世界の中に含まれているからであろう。これは初音ミクの幅広い可能性を象徴する共に、具体的な妄想の可能性の域の広さを明確に示している。

 初音ミクとは本質的には音声を提供するボーカロイドという道具であり、一人のキャラクターとして一見独立しているように見えながらも、その立脚する基盤は不安定である。他のキャラクターは、それぞれ作品世界という帰属するべき世界を有しているが、初音ミクには帰るべき場所が存在しないのである。

 「初音ミクの消失」を違和感なく受け入れることが出来た要因として、発表される楽曲の多くは、初音ミクに存在する不安定さという本質を覆い隠し、キャラクターとしての初音ミクのイメージを元に制作されているのに対し、初音ミクというキャラクターではなく、ボーカロイドという存在そのものに焦点をあてた点があるだろう。つまり初音ミクという個体のキャラクターの背景に存在する VOCALOID という他の萌えキャラクターには存在しない道具としての本質が想起させられているのである。

 

5 初音ミクの確立

 今一度初音ミクへのあり方を検討したい。初音ミクは、背景となる設定や世界観を持ち合わせない外見のみが存在するキャラクターである。また初音ミクというキャラクターは、特定の表現を目指すものではなく、あくまでも音声シンセサイザーである VOCALOID というソフトにキャラクター性を付与するだけの存在である。

 萌えの生じるプロセスについて、古典萌学 [26]ではキャラクターの具体的な描写が必要であると考える。しかし初音ミクついては具体的な描写は存在し得ない。つまり外見から生じる以上の萌えを、妄想により展開させるための素材に大きく欠けているのである。しかし現実には、僅かな素材を元に妄想を展開し、さらには著名な作品において示された要素を取り込み、妄想を膨らませている。例えば同人誌「ミクロイド H 」においては、「初音ミクに青ネギは基本オプションだろうがッ! [27]」という台詞が登場する。前述のように、初音ミクと葱の組み合わせはあくまでも「 levan Polkka 」にて提示された一個人の見解に過ぎない。しかし公式による設定が存在しない以上は、共有されうる二次創作により示された素材を用いることで補完せざるを得ないのである。これは、エココブームや擬人化などを経て確立した手法であると考えられる。

 今までの議論をまとめると初音ミクにおける萌えは、背景のないキャラクターという意味で、他の萌えキャラクターと一線を画してはいるが、過程そのものはエココの踏襲の域を出るものではなく、特に目新しさはない。しかし初音ミクブームが極めて特異な現象として取り上げうる価値がある点として、構築されつつあるキャラクター像の普及の早さと、妄想可能領域の広さがある。ここから二次創作物としての初音ミクの特異性が見いだせる。大きな流れを作るコンテンツが、二次創作の形で提供され、共有されていったことにより、最終的には初音ミクというキャラクターに対する共通の認識が形成され、原作者の手を離れたキャラクターが一人するという現状に至っているのである。

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  1. 講談社 東浩紀 2001 年 動物化するポストモダン 64 項
  2. 1998 年当時に作成されたデ・ジ・キャラットの同人誌についての調査を行うことは困難である。
  3. その存在を認知しただけであり、公式のキャラクターとしての採用ではない。
  4. 涼宮ハルヒの憂鬱 谷川流 2003 年 角川スニーカー文庫
  5. にょろーん☆ちゅるやさん C71 うつらうららか
  6. パクリではなく、インスパイヤである。ちゅるやさんの成功があったからこそ、はちゅねミクという名が違和感なく急速に受け入れられたと推測される
  7. 商業的戦略の範囲内において
  8. なおクリプトン社は、初音ミクのコンセプトを構築する初期の段階で、アイドルマスターを参考としていない。この事実はニコニコ動画におけるムーブメントの変遷をたどる上で非常に興味深い点となりうるだろう。 http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0709/12/news035.html
  9. http://www.p-tina.net/interview/18/02.html  「 ユーザーの皆さんに肉付けをしてもらうことで、ムーブメントそのものを楽しんでもらえるんじゃないか、という原点的な発想に戻って、最低限のプロフィールだけでいこう 」
  10. かーず SP かーず C72 まじカル! 2007 126 項
  11. VOCALIOD2 初音ミクに「 levan Polkka 」を歌わせてみた   http://www.nicovideo.jp/watch/sm982882
  12. Desktop music
  13. konozama
  14. ナーサリィ☆ライム主題歌 佐倉詩織 通称きしめん
  15. ポスト I've の一つとして目されている ゲームやアニメの主題歌などを手がけている  http://www.avenew.jp/
  16. OSTER Project http://www.nicovideo.jp/watch/sm1050729 JOYSOUND 168376
  17. 【初音ミク】みくみくにしてあげる♪【してやんよ】 http://www.nicovideo.jp/watch/sm1097445
  18. JOYSOUND 168322
  19. 秋葉原大学は初音ミクの一人称として“私”を推奨したい。
  20. http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0709/12/news035.html
  21. http://www.nicovideo.jp/watch/sm1476648 MADPV http://www.nicovideo.jp/watch/sm1530400
  22. 1秒辺りの文字数は5〜6文字程度となり、息継ぎのタイミングがない
  23. 商品名・技術ではない。本稿においてはカタカタ標記のボーカロイドは人格を伴う概念を指す。
  24. この他にも、シリアスな名曲は当然存在する。
  25. 筆者の主観
  26. 秋葉原大 東村 平 19 年 8 月 19 日 萌タ C72 号 4項
  27. 雷神会 はるきゲにあ 2007 年 10 月 ミクロイド H 15 項