背景無き初音ミク 1/4

論文名
背景無き初音ミク
筆 者
東村光 秋葉原大学萌学部准教授
Title
Process of Moe Charactor establishment from "HATUNE MIKU"
Auther
Hikari Higashimura Associate Professor. /The University of Akihabara
初 出
萌例タイムズC73号 9-21項 2007年12月31日 コミックマーケット73新刊
Source
Journal of MOE archtechture No.C73 pp.9-21. DEC 31/ 2007 ComicMarkets 73

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目 次

T. 素材としての初音ミク

U. エココの記憶

V. 初音ミクのキャラクター形成

W. 背景無きキャラクターへの萌え


T 素材としての初音ミク

1 緒言

 2007 年8月末にリリースされたクリプトン・フューチャー・メディア社 [01](以下クリプトン社)の音声シンセサイザー [02]「初音ミク」は、ニコニコ動画を中心とするネットコミュニティで一大ムーブメントを引き起こした。初音ミクというソフトウェアが基礎とする VOCALOID [03]の技術そのものは、 2004年にリリースされた MEIKO [04]に始まる5種類 [05]の製品にて、ある程度の実用化が為されており、初音ミクでは技術的な進歩を認めることが出来るが、機能上のコンセプトに特筆すべき点は見られない。しかしながら現実には MEIKO と初音ミクの間には商業的な大きな間隙が存在し、 VOCALID 自体もまた初音ミクの着目が集まることにより、その存在が広く知られることになったのである。

 初音ミクの商業的成功の理由として、既に web 上に氾濫している様々な言論が指摘するところではあるが、確立したキャラクター性とニコニコ動画という作品発表に適したインフラの確立というタイミングの2つの要因が挙げられるだろう。より端的に言えば、ニコニコ動画が盛り上がっていたところに、萌えの様式を踏まえたキャラクターという適当な素材である初音ミクが投入され、成功を収めたのである。

そして TBS による偏向報道と、 Google 、 YAHOO などの画像検索における“初音ミクの消失事件 [06]”が、初音ミクの存在をさらにネットユーザーに対し宣伝することとなったのである。一般社会における扱いはともかく、ネットコミュニティにおいては、これらの一連の騒動は初音ミクへのさらなる興味関心の集積に結果として大きく貢献したことが指摘できるだろう。

 本稿では初音ミクに対する萌えがどのように形成され、一大ムーブメントに至るかについての議論を行う。筆者は初音ミクに対する萌えの構造は、曖昧な主観である萌え [07]の特性が最大限に廃された結果として成立したものであると捉えている。初音ミクへの萌えの構造を理解することは、萌えの動向および形成プロセスについて、従来のストーリーに依存する萌えの形態からの転換について明らかにすることである。萌え社会の成熟に伴い、クリエイターとユーザー(ヲタク)の間に存在した関係が徐々に対等に近づきつつある中で、ユーザーによる萌えの形成への参画は増加しつつある。本稿はこのような現状を踏まえた上で、初音ミクに見られる従来の萌えとは異なる構造を明らかにし、その意義について検討を行うものである。

 

2 パッケージされたキャラクター

 初音ミクの成功の一因として、確立したキャラクター性が指摘出来る。ここで私が用いるキャラクター性 [08]とは、キャラクターとしての性格設定が確立しているという意味ではなく、ソフトウェアのセールスポイントとして人格(=キャラクター性)が効果的に用いられているという意味においてである。初音ミクの最大の特徴は VOCALOID2 という新しいエンジン [09]に基づき、従来のコンピューター合成では難しかった自然な歌声を実現した点であるが、実際のパッケージにおいては、自然な歌声を実現する VOCALOID2 という DTM 技術 [10]以上に、初音ミクというキャラクターそのものが前面に押し出されている。

 初音ミクが DTM ソフトとしては異例の売れ行き [11]を記録したことは既に報じられたことであるが、この事象は DTM ソフトとして見込める一定の需要を超える需要が発生したと読み解くことが出来るだろう。つまり初音ミクへの需要の中に、音声シンセサイザーとしての機能以外のものを求める需要が存在したのである。では機能を超える需要とは何かということを考えた場合、それは初音ミクというキャラクターそのものに対する需要であると捉えることが妥当であろう。つまり歌手としての初音ミクへの人気が集中したことで、グッズを購入するのと類似した需要が発生したと考えられるのであり、より端的に述べると初音ミクという2次元キャラクターへ萌えが高まることで、“原作”であるソフトに対する需要が高まったのである。

 つまり音声シンセサイザーという決して需要が大きくないソフトウェアに、付加価値として萌えの要素を取り込んだことで、本来の購買層 [12]とは異なる需要が掘り起こされたのである。初音ミクが“萌えのアーキテクチャ [13]”に則り設計されていることは明白である。それはキャラクターデザインや起用された声優の傾向が如実に示している。この付加価値として取り込まれた萌えの要素は、初音ミクという人格に集約された。クリプトン社の公式サイトに掲載された情報の中には、本来の用途には全く寄与しないキャラクターとしての初音ミクのスペック [14]が示されている。これはこのソフトウェアに含まれているものは、単なる音声シンセサイザーとしての機能のみではなく初音ミクという萌えキャラクター全体であることを示唆している。

 近年、二次元キャラクターに対し“俺の嫁”という表現で萌えを表す言説が目立ち始めている。初音ミクの確立したキャラクター性は、“俺の嫁”の対象として相応しいものであろう。初音ミクを購入することは初音ミクが嫁いでくるということであり、“歌手”初音ミクを独占することであるのだ。

 

3 初音ミクのキャラクター領域

 次にキャラクターとしての初音ミクについて検討を行う。萌えの要素の具体化 [15]としてのキャラクター性ではなく、初音ミクという人格そのものについて考える。

 初音ミクというキャラクターは、他の萌えキャラクター同様に“萌え要素 [16]”の集合体として構築されている。具体的には外見及び年齢・身長・体重の設定と声である。萌えのアーキテクチャにおいて、萌え要素はいかなる場所からも見いだすことが出来ると規定されている。現に初音ミクに対する萌えは、外見と声から類推することで得られている。ビジュアルという明確な素材から得られる萌えは、初音ミクへの人気の大きな源泉となっている。

 ここで初音ミクについての萌えの構造を考える上で、ある特異な構造が見えてくるだろう。一般的な萌えキャラクターが有する萌え要素とは、“設定”と具体的な人格の描写により構成される。しかし初音ミクには、デザインなどの設定は存在するが、その性格や行動についての具体的な描写は一切存在しないのである。

確立された外見が存在するため、この事実は見落とされてしまいがちであるが、初音ミクというキャラクターがどのような人格であるのかということは、誰にもわからないのである。

 初音ミクというキャラクターにより示される範囲は極めて狭い。それは初音ミクについて知るための手がかりが想像以上に少ない為であるが、初音ミクのもつ可能性自体は、他の作品の中におけるキャラクターと比べると広いと考えられる。それは原作(原設定)という縛りが弱いということにより説明できる。

 

4 主人公なき初音ミク

 一般的な萌えキャラクターへの接触は、自分自身を投影する主人公を介して行われる。しかし初音ミクには主人公が存在しない。例えばアイドルマスター [17]について考えると、一般的なアプローチはヲタク自身ではなく、プロデューサーという自分自身を託す人格をバイアス [18]することで行われている。ニコニコ動画では、初音ミクを利用したクリエイターをプロデューサーと見なすことがあるが、それはアイドルマスターとは異なり、ユーザー自身がプロデューサーと目される。

 主人公が存在しない初音ミクに対するアプローチは、他のキャラクターと比較するとより直接的に行われる。それは初音ミクを拘束する設定の規定が弱いため、あらゆる部分をクリエイター自身が補う必要があるからである。それは初音ミクについての全てを司る役割が自分自身に課せられていることに他ならない。ユーザーは初音ミクを自由にする権利が与えられると同時に、自分の捉える初音ミク像を明確に打ち出す責任 [19]を背負わされているのだ。初音ミクを取り巻く世界観は、原作の設定に縛られることなく、自分自身の持つ主観により構築されているのである。

 

5 初音ミク同人誌は二次創作か?

 二次創作とは、既に存在する世界観を延長させて新しいストーリーを展開することである。現在の同人誌の主流を占める領域の一つであり、萌えにおいても重要な役割を果たす概念である。初音ミクの人気の高さを反映し、冬コミを前に多くの初音ミク関連同人誌が発表されている。これらは初音ミクという共通の原作をとる二次創作作品に分類される。しかし初音ミクというソフトウェアが原作という地位を獲得しうるのかということを考えるとそこに大きな疑問が生じるのである。

 原作としての初音ミクの機能は、外見とそれに付随する若干の設定のみである。たとえば初音ミクの一人称が「ボク」であるのか「ワタシ」であるのかすら公式には定義されていない。そこで数種類の同人誌を読んだとき、確かに初音ミクというキャラクターが描写されているものの、描かれた初音ミクの間に外見以外の共通項が見出すことができないという違和感を感じてしまう [20]のであろう。

 初音ミクに付与されたストーリーは限りなく一次創作に近い。それはキャラクター以外の全ての要素・世界観を創作しない限り、作品として成り立たないからである。初音ミクを除く全ての登場人物はオリジナルキャラクターであり、全ての設定は創作されたものである。確かに従来の二次創作作品の中でもパラレルワールド [21]を展開させることで、原作から大きく離れる作品は存在する。だが初音ミクの場合は、原則としてパラレルワールドで世界が展開されるという点が特徴的であるのだ。

 二次創作作品である以上、それがどんなに逸脱するものであっても原作 [22]が必要とされる。初音ミクというキャラクターを軸に世界を展開させる以上は、その作品が初音ミクの二次創作であるなんらかの共有できる要素を盛り込む必要がある。しかし初音ミクにとって原作たる点は外見以外に存在していないのである。つまり初音ミクの二次創作というジャンルを形成させることが出来る核は外見のみであり、例えば初音ミクが存在する世界観におけるオリジナルキャラクターによって展開される物語を描写する二次創作作品は、成立することが出来ないのである。

 現実には、初音ミクというキャラクターによりジャンルの範囲を規定することが出来るため、初音ミクの二次創作という地位は確立されている。しかしその二次創作作品同士の間に共通性 [23]を見いだすことは出来ない。同じ原作を取っているとは思えないほど、作品ごとに描写される初音ミクのパーソナリティが異なっているのである。故に初音ミクというソフトウェアのみでは、基本となる世界観を提示し切れていないことから、原作たる地位には至らないのであり、一般的な概念における初音ミクの二次創作というものも存在し得ないのである。つまりクリプトン社が提示する初音ミクは原作ではなく素材であり、その解釈を含めて販売されていると捉えることにより、この爆発的な人気を理解することが出来るだろう。

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  1. 本社札幌市 未上場 取引銀行 札幌銀行山鼻支店 三菱 UFJ 銀行札幌支店
  2. 初音ミクは、あくまでもデジタル化された楽器の一つである。
  3. YAMAHA 開発による歌声合成ソフト。音声シンセサイザー。
  4. 2004年11月発売 KAITO 他 計5種類の VOCALOID (1)ソフトが発表された
  5. Zero-G Limited (英)発表分含む
  6. 本事件については、初音ミクへの萌えへと直結しない為、本稿では詳しい議論を割愛する。
  7. 秋葉原大 東村 平 19 年 11 月 10 日 萌学A 第1章第1節
  8. 本稿で使用される“キャラクター性”と“キャラクター”は異なる。“キャラクター性”は人格そのものを指し、“キャラクター”は人格の具体的内容を指す。
  9. VOCALOID2 のエンジン自体は YAMAHA の開発である。
  10. Desk Top Music = コンピュータ上におけるデータ入力により作曲を行うこと
  11. 15000 本を超える売り上げがある
  12. 純粋な DTM ミュージシャン
  13. 秋葉原大 東村 平19年8月17日 萌タ 72 号 6 項
  14. 年齢 16 歳 身長 158cm 体重 42kg
  15. キャラクタービジネスの視点
  16. 秋葉原大 東村 平19年8月17日 萌タ 72 号 3 項
  17. 2006 年 コナミ XBOX360 Live for you は 2008 年 2 月 28 日発売
  18. このバイアスされた人格は、予めプログラムされているシナリオに従って世界を司る役割を果たす
  19. ただし責任を果たすことを求める圧力は存在しない
  20. リアルリアリティ表現(RR)
  21. 本質的には全ての二次創作作品は原作に対するパラレルワールドとして展開されている。ここでは原作の設定を大きく改変した作品を指す。(複数の世界観の混合も含む)
  22. 公式の設定
  23. 同じ世界観や設定という作品展開上の制約。例えば AIR の同人誌であれば国崎=最高という構図が共有される